★3つ。

小野不由美さんの短編は『十二国記』シリーズなど
短くても胸にずしんと残るものが多くて、そういう迫力を期待してしまう。
『営繕かるかや怪異譚』、その点で少し物足りなく感じてしまった。

面白くないわけでは全く無い。
家に起こる怪異が
それを理解し想像力を働かせることによってさらりと解決する…
という作りはなんとも奇妙で面白い。
今より少し前の時代には怪異が身近なものとして存在したのだ、
奇妙なことではあるけれどそれほど特別なことでは無いのだ、と感じる。
怪異が当たり前に存在する異世界に
するりと連れていってもらえるのだ。

ただ、怪異に出会った人々の生きざま、出会うまでの経緯が
緻密な描写で語られているから
怪異が治まって話もおしまい、となると
あれ、彼らはその後どうなったの?と気にかかってしまう。
入り込んだ気持ちがあっさりとかわされて
現実より少し歪んだ怪異の世界に
取り残されたような気分になってしまう、という感想。

緻密な描写ゆえにするっと物語の世界に入り込み、
そしてまた緻密な描写ゆえに取り残された気分になる。
さらりと解決する怪異話、面白いんだけど
もっと重い小野不由美を…!と思ってしまうのは、
小野不由美世界のかなりの中毒なのかもしれない。




『営繕かるかや怪異譚』

この家には障りがある―
住居にまつわる怪異を
営繕屋・尾端が鮮やかに修繕する。
怪談専門誌「幽」に連載の物語。

参考:「BOOK」データベース

★3つ。

『東と西1』は6人の作家さんが
日本のどこかをテーマに描いた小説集。
それぞれの「東」と「西」が描かれていて興味深い。
しかし、とにかく奇妙で、ちょっと入り込みづらかった。

いしいしんじ 『T』
とにかく奇妙、としか言いようが無い。
いしいしんじさん特有の深い優しさ、感じられないことも無いけれど、
奇妙さが勝っていて大好きな作家さんだけに戸惑ってしまった。
引き込まれるけれど、この話を最初に読んでいたら
いしいしんじさんのイメージが今とは違っただろうな。

西加奈子 『猿に会う』
奇妙な話が並ぶ中、ふつうの女の子の日常がさりげなく描かれている。
優しい気持ちになる読後感で、この短編集の中で1番好き。
サラバ!が話題の西加奈子さん、ほかの小説も読んでみたくなりました。

栗田有起 『極楽』
1万50歳で生涯を終えた筈のある生き物が辿り着いた奇妙な場所。
そこを極楽だと思う“彼”と、地獄のようなところだと思っている周囲の人々。
“彼”は幸せだと言うけれど、
本人が幸せならそれでいい、と思い切ることもできず、
さりとて“彼”に同情するのもおかしな話で。
救いがあるような無いような、気持ちがいいようなわるいような、
不思議な読後感でした。

池田進吾 『赤、青、王子』
これまたとびきり奇妙な話。
主人公の彼は一体何をしているのか、何をしようとしているのか、
何を考えているのか、『T』以上にさっぱり分からない。
分からなすぎて、ほかの話を読んでみよう…とはちょっと思えなかった。

藤谷治『すみだ川』
救いがあるのか無いのかよく分からない話が多い中、
分かりやすいハッピーエンドはホッとしたし、
落語風の語りは新鮮で面白く読みやすかった。
けれど、起こる出来事はあまりに予想通り過ぎるなあ。
ホッとはするけどちょっぴり物足りない感じが残りました。

森絵都 『東の果つるところ』
幼い頃から植えつけられた一族の慣習による悲劇…なんだけど
その「慣習」があまりにもばかばかしくって。
そこにユーモアを感じていいのか、
しかしそこから起こった出来事は幸せな事では無くて、
シリアスなのかユーモラスなのかよく分からないまま読み終えてしまった。
『カラフル』でも感じたけれど、森絵都さんのユーモアって
私にはよく分からないかもしれない。

…そんなわけですべてを通して「面白かった!」とは言い切れず。
でも、よく分からないながらもそれぞれの「西」と「東」が描かれていて
味わい深く、興味深い、という感想。
そして、色々な作家さんの作品を読めるアンソロジー、
たまに読むと発見があってやっぱり面白い。
今回は西加奈子さん。
話題の作家さんだけれど、いきなり長編はなあ…と手を出しかねていたけれど
ぜひ読んでみよう、と思います。




『東と西 1』

いしいしんじ、栗田有起、西加奈子、
藤谷治、森絵都、池田進吾。
6人の書き手が、古今東西、
日本のどこかをテーマに描いた
まったく新しいかたちの小説集。

参考:AMAZON 内容紹介

★3つ。

表紙の絵や帯の言葉から
ふんわりほのぼのしたイメージで読み始めたら、
最初からちょっと暗くて緊張感溢れる雰囲気で
ちょっと予想外、という感想。
でも、千年の森で起こるできごとやそこに息づくものたちの
不思議な怖さ、美しさに
いつの間にかもっと見ていたいような気持ちになっていきました。

キャシー アッペルトさんの『千年の森をこえて』に登場するのは、
愛を知っている、犬と猫たち。
愛を歪めてしまった、古くから生き続ける魔物。
そして、愛を知らない、知ろうともしない人間。

魔物と人間は、ある意味では対照的。
どちらも罪深い存在ではあるのだけれど、
魔物は歪んだ愛ゆえに罪を犯し、
人間は愛を知らないがゆえに罪を重ねた。

千年かけて歪みに気づいた魔物に
最後には、よかったね、と言いたくなる。
しかし愛を知らない人間は
私にはただただ恐ろしい存在で、
魔物よりよっぽど「魔」そのものだった。

他者への歪んだ愛と、
他者へ対する愛の無さは、
どちらも怖ろしいできごとを引き起こす。
本当に救いが無いのはどちらなのか。

『千年の森をこえて』の中では
前者が救われ、愛を知る者に幸せが訪れる。
けれど現実においては、
人は歪みに気づき正すために
千年の時間を使うことはできないことを考えると、
やはりどちらも怖ろしい、と言わざるを得ない。

この物語の結末はホッとする、幸せを感じさせるもの。
けれど後からじわじわと、
「愛」の持つ重さについて
考えさせられてしまう物語でした。



『千年の森をこえて』
サビーン川上流の鬱蒼とした森に
1匹の捨てネコが迷いこみ、
千年に渡る不思議な物語は動き始めた。
現在、25年前、そして千年前。
ネイティブ・アメリカンの神話息づく
太古の森を舞台にくりひろげられる不思議な物語。
2009年ニューベリー賞銀賞受賞作。

参考:「BOOK」データベース

 

★3つ。

高山なおみさんの『日々ごはん』で紹介されていた
『ずぼらな青木さんの冷えとり毎日』
コピーライターの青木美詠子さんが
体の冷えと戦う様子を面白おかしく綴ったエッセイ、
という気軽なイメージでなんとなく読み始めてみたら…

…体の冷えって真剣に
取り組まなきゃいけない問題なんだ!
とゆうか私自身、
当たり前になり過ぎてさほど気にもしなくなってた
手足の冷たさも肩凝りも、冷えとりすれば解決するのか?!
…って、気がつけばわりとマジメに読んじゃってました。

しかし青木美詠子さんの毎日を真似しようと思ってみたら…
「靴下4枚履き」「服は天然素材」は
揃えるのにコストがかかりそうだし、
「毎日半身浴」は習慣化できる自信が無い。
どんなに寒い日だとしても
ぬるいビールには耐えられない!
…などなど、私にとってはけっこうハードル高し、という感想。

青木美詠子さんは体調が本当に悪かったそうなので
私とは真剣味がちがうけど、
これで「ずぼら」って言うのなら
私には冷えとりなんてムリだああ!
と実行もしないまま挫折しそうになっちまいました。

でも、無理せず、できる範囲から
実行することが大事!とも書かれてる。
それに、冷えって目に見えないうちに体を蝕んでいって
体調を崩す可能性もあるそうだから、
今のうちにささやかでも
冷えとりを意識してみるのもいいかもしれないな、
とも思いました。

そんなわけで私にとっては、
エッセイというより冷えとりの入門書。
冷えとり、まずは体を温める食べ物(根菜とか豆とか)を
もっと食事に取り入れること、
上半身の厚着をやめて下半身を温かくすること、
あたりから気をつけてみようかな。



『ずぼらな青木さんの冷えとり毎日』
10年間あーだこーだと試し掴み取った
まじめで笑える「冷えの克服記」。
「冷え」との戦いぶりから
何が効いて何が効かなかったのかまで、
全部公開しちゃいます。

参考:「BOOK」データベース


★3つ。

歌うたいCoccoの食にまつわる
真摯だけどユーモアあるエッセイ、
リズミカルな歌詞のような文章、
旅先や沖縄の風景など数々の写真。
料理レシピも載っているけれど、決して料理本では無いと思う。
Coccoの伸びやかな世界を味わえる、という感想。

「はじめに」の最初の文章からして私には軽く驚き。

 元々 食べるよりは作るほうが好き。
 与えたい気持ちが 確実に届き、誰かの胃袋を満たせる。
 目の前で 確かに "何かできる"。

作るより食べるほうが好き、
自分好みに美味しくするために料理する、
1人より分かち合ったほうがより美味しく思える。
そんな理由で料理をする私にとっては
Coccoのような愛に溢れた理由で料理する人がいる、
ということがちょっぴり新鮮。

 歌を歌って 全てが解決できればいい。
 …
 歌うたいなのだから そんなふうに生きて行ければいい。
 でも家に帰ると
 私は台所に立ちます。
 この手から 生まれたものが確かに届く
 その瞬間 やっと救われます。
 この手で 誰かを満たすことができる
 自分の体だって 満たすことができる
 その安心感で 日々の無力感を埋めるように。

Coccoは料理するのも、文章を書くのも、
それから歌を歌うことも、
すべては「愛」から行っているのだろう。
決して私のようにくいいじが張っているからではなく!

Coccoが生まれ育った沖縄の風景、
そこにいる家族や親戚、近所の人々。
その姿は伸びやかで、ゆるやかで、
南国・沖縄らしい大らかな愛と力に溢れている。
道産子の私にはその光景は少し遠いもの。
北国の美しさと力も感じているけど、
『こっこさんの台所』に現れる南国の光景は眩しく美しく、
そこに生きる人々に少々の羨望を感じてしまう。

その料理も歌も、美しく優しく、
時にあやうく思えるほど真摯で。
Coccoはいつだってまっすぐに、
彼女にとっては「こうするしかない」というところで
生きているのだろう、ということが伝わる。

心に寄り添う、というには少し遠い。
時に馴染みの無い、けれど美しい生き方に触れ、
自分の心も優しくなれるといいと思う、
そんな時に開きたい本です。



『こっこさんの台所』
生きることへの想いを
謳い上げるように綴ったエッセイ、
心と身体に沁み入る季節のオリジナルレシピ…。
写真やエッセイから伝わる、
歌うたいCoccoの“愛”のメッセージ。

参考:「BOOK」データベース


↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い

★3つ。

美味しいものがとっても好き、
美味しいものが描かれた本も大好き。
『チーズと塩と豆と』、題名に惹かれました。
シンプルでストレートで良いではないですか。

『チーズと塩と豆と』は昨年BSで放送された
「プレミアム8 愛と胃袋 直木賞作家が食べて書くヨーロッパの田舎」
から生まれたアンソロジー。
角田光代さん、井上荒野さん、森絵都さん、江國香織さんの4人が
ヨーロッパの各地を旅行し現地の食をテーマに短編を執筆、
それを原作としたドラマと、4人の旅を追った
紀行ドキュメンタリーを合わせた番組…だそう。

なじみの無い土地のなじみの無い料理ばかりなのがしっくり来ない、
なんて思っていたけれど
その番組があったからこそ書かれた小説だったのね。
4編とも土地の料理と人々とがしっかり描かれているから、
番組を見て読んだなら、またずしりと来るかもしれないな、
という感想を持ちました。
ただ見ていない分、先入観無しで読むことはできたかも。

角田光代さん「神さまの庭」と
森絵都さん「ブレノワール」が奇しくも、
生まれた地域の古い伝統とそれを守る人々に
反発を覚える主人公、という同じ構図を持つ話。
「神さまの庭」の女性は伝統を大切にしつつ
新しい生き方をしようとしていて、
「ブレノワール」の男性は新しい考えを取り入れつつも
生まれた土地に根付こうとしている。
好みなのは、より清々しさを感じた「神さまの庭」。
悲しみと背中合わせにある希望と、
“食べること”が持つ、人を幸せにする力が感じられる話でした。

井上荒野さん「理由」は救いが感じられなくて、
読んでてちょっとしんどかった。
江國香織さんの「アレンテージョ」は、
読んでいる間なぜか、江國香織さんの話だと忘れていました。
珍しく男性が主人公だからかな。
でも、哀しさを含んだ透明な明るさは江國香織さんらしくもある。

それぞれに味のある話だったけど、
「神さまの庭」に出てくる料理が1番美味しそうだったんだよね…
結局、食い意地が張ってるみたいです。



『チーズと塩と豆と』
頑な心と心が接触する、ヨーロッパの片隅。
角田光代-スペインのバスク地方、
井上荒野-イタリアのピエモンテ州、
森絵都-フランスのブルターニュ地方、
江國香織-ポルトガルのアレンテージョ地方。
4人の作家がそれぞれの土地を旅して描いた
「食と愛」の物語。

参考:「「BOOK」データベース


↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い

★3つ。

同じように「おばあちゃんと孫」を描いたものでも、
心に響くもの、まったくそうでないものがあるのはどうしてだろう。
おばあちゃんと孫の心が伝わってくるかどうか、
そのおばあちゃんと孫が好きかどうか、が
自分にとってのポイントなんだろうな、とぼんやり思いました。

梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』
号泣ではないけどじわっと来たのは
「西の魔女」ことおばあちゃんがわりと好きだったからだと思う。
自ら「オールドスタイル」という、
おばあちゃんの自然とともに生きる暮らしに憧れを感じます。
その独特な生き方論も、私には納得いくし、好きなもの。
自分もおばあちゃんに習って
「魔女修行」をしたいなあと少し思いました。
外からの刺激に(滅多に)動揺しない
自信に溢れた生き方…私には少し足りないもの。
このおばあちゃんの暮らし、いいなあ、と思ったから
ラストでじわっと来たのだろう。

その一方、おばあちゃんも主人公である孫のまいも
理路整然としていて少し現実味が足りないように感じた。
おばあちゃんはまだ「魔女」だから、と納得することができたけど
まいはあまりに筋が通り過ぎている、というか。
中学生の彼女が抱える人間関係や「死」についての悩みは
まったく分からないというわけではないけれど、
言葉遣いや考え方が中学生にしては不自然にきれいで。
意志が弱い、って彼女は自分で言ってるけど
実は相当強いし、繊細できちんとした子。
自分が中学生の時にこういう子が同級生だったら、
ちょっと近寄りがたいかも、という感想。

登場するおばあちゃんと孫、
両方とも好きなら号泣、そうじゃなければ…という感じ。
おばあちゃんは少し好きで、
孫のまいにはそれほど感情移入できなくて、
だからじんわり止まりだったのだと思う。
おばあちゃんがまいを思う暖かい心と、
まいが後悔しつつおばあちゃんがやっぱり大好きだ、
と思う気持ちには泣けたけれど。

私が号泣する「おばあちゃんと孫」話は、のび太のおばあちゃんの話。
のび太も、のび太のおばあちゃんも、大大大好きだー。



『西の魔女が死んだ』
中学に進んでまもなく
学校へ足が向かなくなった少女まいは、
ひと月あまりを西の魔女こと
ママのママのもとで過ごした。
大好きなおばあちゃんから
魔女の手ほどきを受けるまい。
修行の肝心かなめは
何でも自分で決める、ということだった。
喜びも希望も、もちろん幸せも…。

参考:「BOOK」データベース


 

★3つ。

映画でも話題になった湊かなえさんの『告白』
読んでいる時は続きが気になって、
どうなるのかドキドキしながら一気読みしました。
次々に語り手が変わり、
事件の全貌が明らかになっていく作りはよくできている…
けど、噂で聞いていた通り、後味は良くないです。
良くない、というか、救いも悲しみも無く
後に残るものが感じられないな…という感想。

その理由は、登場人物たちに
人間らしさを感じられなかったからだと思います。
最初に登場する「悠子先生」はまだ
表面には現れない大きな悲しみや苦しみ、
憎しみがあるのだろう…と思えるけれど
その後出てくる人たちがあまりにも理路整然としている印象。
冷静すぎて、それぞれ主張はちがうんだけれど
性格の違いをあまり感じない。
特に中学生たち、もう少し感情的になったり
文章が乱れたりするんじゃないかなあ、と感じてしまいます。

彼らの言い分はあまりにも身勝手。
その身勝手さや自己愛は、まるっきり理解不能というわけでもない。
けれど、それを抑えて、乗り越えてこそ人間でしょう?
そんな自己主張ばかりしていると世の中全員犯罪者になっちゃうよ?
という感じで、共感はできないし、したくない。
展開も、なんだか“衝撃的”にしようとして
死をずいぶん簡単に扱っているなあ、というのが正直な感想。
読んでる時はハイスピードな展開で楽しめたけど、
もう1度読みたい気分にはなれません。

ただ、もしも自分に子供がいたら
違う感想を持つかもしれないな、と思います。
娘を殺されてしまった悠子先生の気持ちは、
私には想像しきれない感情なのだろう、と。

今の自分は一歩引いたところから登場人物たちを見ているけれど、
悠子先生を始めこの中の誰かに共感してしまったら…
今は共感できないけれど、
自分の中の「身勝手さ」を「正義」に置き換えて徹底的に追求したら、
彼らのようになる可能性も無いわけじゃない。
それが少し怖ろしくて、これ以上共感したくない、
と遠ざけてしまう所以かもしれません。



『告白』
「愛美は死にました。
しかし事故ではありません。
このクラスの生徒に殺されたのです」
-我が子を校内で亡くした
中学校の女性教師による
ホームルームでの告白。
次々と変わる語り手たちによって、
事件の全体像が次第に語られていく。
文庫には映画『告白』の
中島哲也監督インタビューを特別収録。

参考:「BOOK」データベース

↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い