★4つ。

星座による運勢ってつい見ちゃう。
良ければ喜んで悪ければちぇって思って、そしてわりとすぐ忘れてしまう。

星座占いは自分にとってそういうもので、星座による性格診断って、
自分も周囲の人に関してもあんまりピンと来たことが無い。
『12星座の恋物語』を読んだのは
星座による性格占いに興味があったからではなく、
角田光代さんが12星座×男女=24人の性格が異なる人の物語を
描いていることが面白そうだったからです。

予想通り、短い物語の中で
私ならこの状況でこうはしないなあ、とか、
さっきの物語の主人公とはだいぶちがうな、とか、
性格や行動のちがいがくっきり描かれていて面白かった、という感想。
星座とはそんなに関係ないよなー、と思っていたら角田さん自身、
あとがきでそんなことを書いていた。

 …各星座ごとの登場人物が出てきますが、
 …決めつけるつもりはまったくありません。
 私が書きたかったのはむしろ、人の差異でした。
 …自分の思考回路や行動原理がいつも正しいわけではなく、
 まったく異なる人もいる。
 また、頭では正しいことがわかっているのに、 
 いつもいつも正しいことばかりできるはずもない。
 という、そのことを、この短い小説で書けたらいいなあと思っていました。

よくこんなにちがう人たちをこれだけのリアリティを持って
書き分けられるなあ、と思う。
角田さんの小説に感じる圧倒的なリアリティが
24の短編の中にしっかりありました。

そして大切なことは、ちがいながらも、
やっぱり根底では同じ人間であって、同じく愛すべき存在である、ということ。
人のちがいを認め、愛する、人に対する愛情が感じられる小説が私は好きで、
角田光代さんの小説ではそれを感じることができる。
私が好きな小説のポイントは結局のところ、
そこなんじゃないかなあ…と改めて思いました。

そして「ピンと来ない」と言い切ってしまったけれど
鏡リュウジさんの各星座の解説も物語として面白かった。
当たってる当たってないは別にして、
なるほど星の世界ではこの星座は
こういう物語を持ったこういう性質のものと解釈するのか、
と新鮮に面白く読めました。
鏡さんの文章は読みやすく、なるほどなるほど、と納得しつつ
物語として楽しく読めたし。
星座占いに興味がある人、無い人、どちらでも楽しめる本です。




『12星座の恋物語』

人気作家と人気占星術研究家のコラボ。
12星座の女と男それぞれに
星が与えたメッセージを、
ラブストーリー&納得のホロスコープガイドで説く
星座小説集。

参考:「BOOK」データベース

 

★4つ。

長い時をともに過ごしてきた和歌と仙太郎。
それぞれの仕事へのスタンスがちがってくると同時に
2人の生活と感情にもすれちがいが起こってしまった。

角田光代さんの『私のなかの彼女』
女性である和歌の立場で書かれた物語だから、
読了後すぐは和歌の気持ちで、仙太郎はひどい男、という感想だった。
あり得ない誤解をし、傷つく言葉を投げ、あっさりと去って行った男だ、と。
けれど、和歌は悪くない!とも言い切れない、もやもやとした気持ちが残って。
仙太郎の立場でこの物語を見てみたら、ちがう景色が見えた気がした。

遊びや人間付き合い、仕事、何かと和歌を導いてきた仙太郎。
彼と同じように「書く」ことを仕事とし
有名になっていく和歌に仙太郎は嫉妬し、
その仕事を妨げようとした…と最初は思った。

けれど、それだけではないのだろう。
嫉妬も戸惑いもあっただろう。
それでも、和歌の受賞を喜び、
会社を辞めたといきなり聞いても冷静に受け止めていた仙太郎は
変わっていく和歌と共に生きようとしていたのではないか。
でも、仕事より先に暮らしや家族を大切にしたかった仙太郎にとって、
不器用に仕事のことしか考えられなくなってしまう和歌は
理解の範疇を超えてしまった。
自分にとっての大切なものを和歌がないがしろにしているのを見て、
先にどうしようもないほど傷ついたのは仙太郎だったのではないか。

仙太郎の別れ方は冷たいと思ったけれど、
きっとそうでなければ別れられなかった。
和歌には自分なんかいらないのだ、
という結論に達したがゆえの、あの別れ方ではなかったか。
どうせ自分のことなんかいらないくせに何をいまさら…という、
愛していたがゆえの腹立ち。
ひどい誤解も、仙太郎にとっては事実で、
和歌がいくら違うと言ってもそれは覆りようがない。

同様のことが、和歌の母親にも言える。
娘になんてひどいことを言うのだろう、と思ったけれど、
最も否定してきた生き方をしている娘に
自分の人生そのものを否定された気になって傷ついたのではないか。
病気もあって、冷静ではいられずに和歌にひどいことを言ってしまった。

きっと誰1人悪いわけじゃない。
ただ、すれちがってしまった。行き違ってしまった。生き方が重ならなかった。
そしてそのことは、お互いをひどく傷つけ合ってしまった。

別れた後に2人が出会うシーン、
和歌に放ったひどい言葉を仙太郎は忘れている、と和歌は思ったけれど、
仙太郎は、和歌が自分より仕事を選んだことを忘れている、と思っただろう。

結婚して家庭を築く幸せを選んだ仙太郎と、
ぞっとするほどの孤独に憧れ、その孤独を自分の中に見る和歌と。
仙太郎も和歌も、どちらもわたしの中にもいる。
ちがう形でも幸せになって、そしていつか、
お互いをそっと遠くから許し合える日が来ればいい、と思う。
 




『私のなかの彼女』

男と張り合おうとするな。みごとに潰されるから。
祖母の残した言葉の意味は何だったのだろう。
全力を注げる仕事を見つけて、
ようやく彼に近づけたのに、
和歌と仙太郎の関係は、
いつかどこかでねじ曲がった。

参考:「BOOK」データベース


★4つ。

角田光代さんの小説って、
時にくらくらするほどのリアルさを感じることがある。
4月に映画が公開される『八日目の蝉』
まさしくそういう小説でした。

ここに描かれている事件が実際に起こったら、
「信じられない」という感想を抱くだろう。
だけど、第1章の主人公・希和子は
“不可解な事件を起こした不可解な人物”では決してない。

“娘”との生活にすべてを賭けている希和子と、
何も知らない彼女の“娘”。
2人の姿は、犯罪だとか、正しくないとか、 
そういったものを乗り越えて切なく、苦しく、迫ってくる。
暗いところにそっと身を潜めているような1章前半と
小さな島の美しい風景の中で過ごす後半との対比が
あまりに鮮やかで、よけいに
美しい風景の中で暮らすこの親子を引き裂きたくない、
という思いに駆られてしまう。
この生活が一瞬でも長く続いて欲しいと
希和子とともに願ってしまわずにはいられないのだ。

そして第2章の主人公となるのは、希和子の“娘”=恵里菜。
犯罪に巻き込まれていた彼女と周囲の人々は
必要以上に美化されたり、悲劇的に描かれたりしていない。
この立場だったらきっと自分も
こんなふうに考えるだろう、感じるだろう、
というリアルさがすべての人物に感じられる。
この小説の男性たちは優柔不断で卑怯で腹立たしいけど、
それでも彼らを嫌えない女性たちがまた
妙にリアルでイヤになる。

彼女たちが抱えている
こんなはずじゃない、どうして自分がこんな目に、という思いが
タイトルの『八日目の蝉』という言葉に表れている。
ふつうは七日で死んでしまう蝉だけど、
八日目に生き残ってしまった蝉もいるだろう。
それはひどく辛いことだけど、でも、

 「ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどに
  ひどいものばかりでもないと、私は思うよ」

登場人物たちはみな、八日目の蝉として
美しくない現実を力強く生きようとしている。
『八日目の蝉』のすごさ、面白さは
衝撃的な事件をあくまでもリアルに描ききり、なおかつ、
希望を感じさせてくれるところだと思う。
読後はどこか清々しく、人間の強さを感じられた。
弱くて、惑って、それでも必死に生き続ける人間の図太さを。

自分が八日目の蝉になったら、現実から目を逸らさず
美しいものを見つめていきたい。
「どうして、こんな」と今、思っている人々が、
自分を八日目の蝉だと感じている人々が、
それでも生きてよかったと、
これだけ美しいものが見られるのだからよかったと、
そんな日が来て欲しいと心から願う。



『八日目の蝉』
逃げて、逃げて、逃げのびたら、
あなたの母になれるだろうか-。
偽りの母子の先が見えない逃亡生活、
そしてその後のふたりに光はきざすのか。
理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった。
第二回中央公論文芸賞を受賞した
著者初めての長篇サスペンス。

参考:「BOOK」データベース
/ 出版社・著者からの内容紹介


★4つ。

東京近郊の、小さな冴えない町。
角田光代さんの『トリップ』は、
そこに暮らす人々が主人公の連作短編集です。

同じ町に暮らしているとは言っても
それぞれ深いつながりがあるわけではなく、
すれ違ったり見かけたりする程度。
周囲から見ればごく平凡で幸せに見える人たちだけど、
みんながみんな、生活に行き詰まりを感じている…。

角田光代さん、いつもながら
怖ろしくリアルな物語を描くなあ、という感想。
ここではないどこかに行きたい、
今とはちがう人生を送りたい、
でも結局どこに行っても待っているのは“日常”。
登場人物と同じ問題を抱えているわけではないけれど、
小さい町に閉じ込められてしまっているような閉塞感は
落ち込んだ時に感じる気持ちにひどく似ている。
そんな行き詰まり感が全体に漂っていて、
少々辛くなるキケンあり。

だけど、読み終わった時には
少し肩の力が抜けて、楽になる感覚がありました。
重苦しい日常を過ごし続ける登場人物たち。
それでもその日常はほかならぬ自分が選んだものであり、
うんざりすることはあってもそれほど悪いものでも無い。
希望というと大げさで、諦めというと後ろ向き、
2つが入り混じった妙に明るくてサバサバした気分は
自分も味わったことがある気がします。

最後の話「サイガイホテル」の主人公が
かつて自分が住んでいた家で暮らす人を想像して思ったこと、

「どんな人が住んでもきっと同じことだろう。
そこから逃げ出したいと思い、
けれど次の日にはそんなことを思った自分を恥じ、
近くの人間や周囲のものごとをいとしいと実感し、
それでもその数時間後には、
何かに舌打ちをしチクショウメと口のなかでつぶやいている。」

そんなふうにゆらゆらとしながら、
それでいいだろう、と感じられる。
平凡でどこにも行けなくて、それでも前を見て歩いていける、
そんな“日常”が実にリアルに感じられました。




『トリップ』
駆け落ちしそびれた高校生、
クスリにはまる日常を送る主婦、
パッとしない肉屋に嫁いだ主婦―。
何となくそこに暮らし続ける
何者でもない人々。
小さな不幸と小さな幸福を抱きしめて生きる人々を
透明感のある文体で描く連作小説。

参考:「BOOK」データベース

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★4つ。

本が好きな人にとって、本って特別なもの。
『この本が、世界に存在することに』
本がある人生の断片を描いた短編集。
角田光代さんにとって、本って特別なものだったんだ、
ということが伝わってきます。

行間がとても広かったり、余白がたっぷり取ってあったりと
話ごとに文字の配列がちがっていて、
同じ本の中でもちがう世界感がある、という感想です。
印象的だったのは、旅先の古本屋で
自分が売った本と出会う「旅する本」。
実際にそんな経験は無いけれど、
同じ本を数年たって読み返した時の感覚がとてもリアル。
ほかの話も、本に対する思い入れがそれぞれ感じられます。

「あとがきエッセイ 交際履歴」に書かれていた、
「本と人との関係は“個人的な交際”」という
角田光代さんの言葉に共感。
大好きな本って、自分の芯の部分まで刺さってきて
思いがけない感情を引き出してくれることがある。
万人に読まれる本であるのに、
自分だけの特別なものである、という不思議な感覚を
本が好きな人って多かれ少なかれ抱いてるのではないかなあ。

『この本が、世界に存在することに』を読んでいると
本とは楽しみを与えてくれる存在であるだけではなく、
人生を変えてしまうことすらある、と改めて思います。
本が好きなら、どこか深く頷ける箇所がある、そんな本です。 



『この本が、世界に存在することに』
本への愛情をこめて角田光代が描く新境地。
泣きたくなるほどいとおしい、
ふつうの人々の“本をめぐる物語”が
あなたをやさしく包みます。
心にしみいる9つの短編を収録。

参考:「BOOK」データベース

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