★4つ。

本屋大賞、吉川英治文学新人賞ダブル受賞の
和田 竜さん『村上海賊の娘』
主人公は戦国の世に瀬戸内海を席巻した村上海賊家、
中でも村上家の名を世に知らしめた
村上武吉の娘、景(きょう)。

自分の腕に自信満々で
実際それだけ強くて乱暴者の姫様、
でも素直で飾らなくて、実はとってもロマンチスト…
というのが、物語の最初の頃の景の印象。

景の父親がそう思っていたように、
最初の頃の景は二十歳と言えどまだ子供、という感想。
しかし、戦国という厳しい時代の
どうにもならない体験を通して、彼女は成長する。
一度挫折して、諦めて、
それでも自分の譲れないものに気づき大切にしようと決める。
開き直って自分の道を貫く決意をした景は、凛として美しい。

残酷な時代に力いっぱい生きた景や、周りの人々の潔さ。
家を守るため、ただそれだけのために命がけで戦う人々。
今となってはその家も時代の狭間に消えてしまい
彼らの願いは叶わなかったけれど、
信念を貫いて生き、死んでいった彼らを
憐れ、とか悲しい、とは思わない。
それは彼らが誰かの言いなりでなく
心から大切に思うもののため、
自分自身の信念や思いを守るために生きていたからなのだろう。

歩める道が様々にある現代に生きる自分は、
ぐらぐらと迷ってしまいがちで。
戦国の世に生まれたかった、なんてことは思わないけれど、
彼らのただ一つ守り抜こうとする信念が、
道徳的な善悪は二の次に一本筋の通った生き方が、
眩しくて少しだけ羨ましくも感じてしまうのだ。




『村上海賊の娘 文庫 1-4セット』
戦国の世にその名を轟かせた村上海賊。
強勢を誇る当主の村上武吉、
その剛勇と荒々しさを引き継いだのは、
娘の景だった。
この姫が合戦前夜の難波へ向かう時、
物語の幕が開く―。

参考:「BOOK」データベース

 

★4つ。

話題の『火花』、繊細で真摯で、どこか煌めきがある小説、という感想。
理屈っぽくてよく入って来ないところはあるのだけれど、
それは「この小説が」というよりも「この主人公が」理屈っぽい、という印象。
主人公の徳永、
こんなに難しいことを頭の中でこね回していたら苦しいだろうに…
と思うけど、彼にとってはそれが自然なことなのだろう。

真剣に命がけで何かを追及する、ということがどれだけ茨の道であるか。
自分が思い描いていたことが実力不足で出来ない、
伝えたいことが世間に伝わらない、ということがどれだけ苦しいか。
苦しくてみっともなくて、それでもそうして生きるしかなくて、
崖っぷちギリギリを分かっていながら歩くしかなくて。

そうする中で、崖から落ちてしまう人もいる。
徳永が慕う先輩、神谷は、落ちてしまった。
自分がいいと思うことを世間に伝える術が分からず、
どうすればうまく生きられるか分からず、
より駄目な方向へ、より世間から疎まれる方向へ、進んでしまった。

そんな先輩を呆れ、恐れ、それでもやっぱり慕っている徳永。
彼らの生きざまは器用じゃないし、成功者とはとても言えない。
けれど必死に生きている姿は身につまされるし、胸を打つ。
決して長くは続かない、けれど、魂を燃やして輝きを放つ彼ら、
徳永と神谷、それぞれの相方、そしてたくさんの芸人たち。
彼らの姿こそが「火花」なのだろう。

過剰評価、という話もある。
けれど、わざわざ「色眼鏡を排除して」読む必要も無い、という気がする。
芸人又吉直樹が書いた、というところも含めての物語なのだから。
絶賛し過ぎるのも、けなし過ぎるのも、なんだかピンと来ない。
自分は、又吉さんに好感を持っているから
面白ければいい、という気持ちは確かにあった。
それを含めても、読んだ後に胸に残る切ない思いがあることは確かだ。
 



『火花』
お笑い芸人2人。
奇想の天才だが
芸も人生もなかなかうまくいかない神谷、
彼を師と慕いつつも別の道を歩む徳永。
神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。
彼らの人生はどう変転していくのか。
「文學界」を史上初の大増刷に導いた話題作。

参考:「BOOK」データベース

★4つ。

戦前に生まれ、その生涯のほとんどを“女中”として生きた女性、タキさん。
彼女にとって最も懐かしい慕わしい、
赤い屋根の“小さいおうち”で
美しい奥様と過ごした日々を描いた手記が
中島京子さん『小さいおうち』の中心となっています。

タキさんが描く戦前から開戦直後の東京は、生き生きと輝いている。
歴史を知る私たちは、こんなに呑気だったの?と驚くけれど、
一般庶民はお料理やお出かけ、新しい着物や子供の受験、
なんかに一喜一憂しながら過ごしている。
モダンで華やかな東京とそこで暮らす人々、
そして人々それぞれの秘めた思い、
それこそ『小さいおうち』の大きな魅力。

そんな人々の心と暮らし、
タキさんや奥様の幸せが崩れていく過程が苦しく、怖く、切ない。
戦争とはこういうものか、知らず知らずのうちに怖ろしい状況になって
生活そのものががらりと違ってしまう可能性もあるのか、と。
それは決して、昔のこと、もう起こらないこと、では無いのだよな、という怖ろしさ。

最終章、今までずっとタキさん視点で見てきた物語が
タキさんの甥の息子・健史さんの視点になる。

幸せな若い日々を大切に、そして苦い後悔とともに抱えてきたタキさん。
「思い出すのは後悔ばかり」と泣いていた“おばあちゃん”を
救うことはできなかったのか。
健史さんは後悔の気持ちから、
タキさんの秘密、泣いていた本当の理由を知りたく思ったのだろう。
読んでいる自分も、幸せに暮らす若いタキさんと
泣いているおばあちゃんのギャップが苦しくて
タキさんを助けたかったな…という気持ちになった。
そして、その手記に現れる人々のことも、
幸せだったのだろうか、何を思って何を悩んでいたのだろうか、
戦後はどのように暮らしていたのだろうか…と気にかかる。

ただの好奇心から秘密を知ろうとしたわけではなく、
ましてやその秘密を世間にさらそうとしたわけでもない。
だからこそ、健史さんはタキさんや奥様の秘密を
秘密のままに残しておこうと思ったのだろうし、
その判断、気持ちに共感できる、という感想。
あくまで秘密ではっきり描かれていないからこそ、ずっとずっと考えてしまう。
痛い、というほどではないけれど、どこか心に引っかかる物語でした。







『小さいおうち』
昭和初期、女中奉公にでた少女タキは
赤い屋根のモダンな家と
若く美しい奥様を心から慕う。
だが平穏な日々に
“恋愛事件”の気配が漂いだす一方、
戦争の影もまた刻々と迫りきて―。
晩年のタキが記憶を綴ったノートが
意外な形で現代へと継がれてゆく。
映画化もされた直木賞受賞作。

参考:「BOOK」データベース

★4つ。

つい先日読んだ『こっこさんの台所』の冒頭は

 元々 食べるよりは作るほうが好き。

『美食日記―美味しい生活、おいしい時間』の冒頭は、と言うと

 「私、食欲の奴隷なんです」

…同じく“食”をテーマにしたエッセイなのに、なんて違い!
そして私は圧倒的に、確実に、明らかに、後者側なんです。

イラストレーターの柿崎こうこさんの“食”にまつわる様々な話。
ビューティマニアで美に関する本が多い柿崎こうこさんだけど、
食べることも大好きで、矛盾した苦労も味わっているんだなあ、
と共感しながらくすくす読みました。 

自分で作る日々の食事や、旅先で出会った美味しいもの、
様々な人の食生活やお弁当事情、
そしてそして「食べたいけどキレイになりたい!」という
図々しくも赤裸々な気持ちと努力。
盛りだくさんの内容が
たっぷりのかわいい絵とともに描かれています
美味しそうなものがいっぱいでワクワクしたり、
ダイエットに取り組む様子を見て自分もやらなきゃ!と省みたり。

柿崎こうこさんは“食べること”が大好きで、
大切にして、楽しんでいるのだな、という感想。
宿泊しながらの断食体験などの
本格的なダイエット&体をキレイにするための努力だって
きっと“食”をより楽しみたいからこそ、だと思う。
そんな柿崎こうこさんの思いに
強く強く共感してしまうのです。

食べることが好き、でもキレイにもなりたい、
という思いがある方なら共感しまくってしまうでしょう。
かわいいイラストもたっぷりで、気楽に楽しめます。




『美食日記―美味しい生活、おいしい時間』

美味しいものが食べたい!
…だけど痩せたいし、キレイにだってなりたい。
ムシのいい願望を満たすべく奮闘する365日、
イラスト満載で綴られています。

参考:「BOOK」/「MARC」データベース


★3つ。

歌うたいCoccoの食にまつわる
真摯だけどユーモアあるエッセイ、
リズミカルな歌詞のような文章、
旅先や沖縄の風景など数々の写真。
料理レシピも載っているけれど、決して料理本では無いと思う。
Coccoの伸びやかな世界を味わえる、という感想。

「はじめに」の最初の文章からして私には軽く驚き。

 元々 食べるよりは作るほうが好き。
 与えたい気持ちが 確実に届き、誰かの胃袋を満たせる。
 目の前で 確かに "何かできる"。

作るより食べるほうが好き、
自分好みに美味しくするために料理する、
1人より分かち合ったほうがより美味しく思える。
そんな理由で料理をする私にとっては
Coccoのような愛に溢れた理由で料理する人がいる、
ということがちょっぴり新鮮。

 歌を歌って 全てが解決できればいい。
 …
 歌うたいなのだから そんなふうに生きて行ければいい。
 でも家に帰ると
 私は台所に立ちます。
 この手から 生まれたものが確かに届く
 その瞬間 やっと救われます。
 この手で 誰かを満たすことができる
 自分の体だって 満たすことができる
 その安心感で 日々の無力感を埋めるように。

Coccoは料理するのも、文章を書くのも、
それから歌を歌うことも、
すべては「愛」から行っているのだろう。
決して私のようにくいいじが張っているからではなく!

Coccoが生まれ育った沖縄の風景、
そこにいる家族や親戚、近所の人々。
その姿は伸びやかで、ゆるやかで、
南国・沖縄らしい大らかな愛と力に溢れている。
道産子の私にはその光景は少し遠いもの。
北国の美しさと力も感じているけど、
『こっこさんの台所』に現れる南国の光景は眩しく美しく、
そこに生きる人々に少々の羨望を感じてしまう。

その料理も歌も、美しく優しく、
時にあやうく思えるほど真摯で。
Coccoはいつだってまっすぐに、
彼女にとっては「こうするしかない」というところで
生きているのだろう、ということが伝わる。

心に寄り添う、というには少し遠い。
時に馴染みの無い、けれど美しい生き方に触れ、
自分の心も優しくなれるといいと思う、
そんな時に開きたい本です。



『こっこさんの台所』
生きることへの想いを
謳い上げるように綴ったエッセイ、
心と身体に沁み入る季節のオリジナルレシピ…。
写真やエッセイから伝わる、
歌うたいCoccoの“愛”のメッセージ。

参考:「BOOK」データベース


↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い