★4つ。

とある町の人々を主人公とした連作短編集。
あるお話の登場人物がちがう話でも登場したり、
少しずつ繋がっていて
なるほど、ちがう角度から見るとこうなるのか…
と興味をそそられる。

『どこから行っても遠い町』の主人公たちはみな、平凡だ。
ごく普通に、当たり前に日々を生きているだけ…なんだけど、
他人から見るとちょっと不思議な秘密を抱えているように思える。
けれど本人にとっては
気が付いたらこうなっていた、という自然な姿で。
そんな人間の不思議さは
この物語の中だけのことではないかもしれない。
みんな平凡で、特別な人なんていなくて、
ちょっとだけ人とちがうところもあって、
それでもやっぱり平凡で。

そしてそんな彼らの、私たちの平凡さは、実はとても淡くて儚い。
普通の毎日なんてちょっとしたことで変わってしまう可能性がある、
それを薄々知っていながらも日々暮らしている、
「平凡な毎日」というものの儚さ。
最後の「ゆるく巻くかたつむりの殻」で
特にそういう印象が残ったのかもしれないけれど、
どのお話が、というよりも全体として
普通であることの儚さを感じる短編集、という感想でした。
主人公としては出てこない、
バケツでいつも何かを洗っている茅子さんと
たこ焼き屋さんなのにお酒も飲める「ロマン」で働く
森園あけみさんがとっても気になります。



『どこから行っても遠い町』

捨てたものではなかったです、あたしの人生―。
それぞれの人生はゆるくつながり、
わずかにかたちをかえながら、
ふたたび続いていく。
平凡な日々の豊かさとあやうさを映し出す
連作短篇小説。

参考:「BOOK」データベース


★4つ。

日常生活からふと異世界へ入り込み、冒険をして、帰ってくる。
その間に少年少女たちは強く成長している…
川上弘美さんの『七夜物語』
子供の頃に憧れた海外の童話を思い出させる、
ロマンチックな雰囲気があるなあ、という感想です。

そんな雰囲気がありながらも、
主人公のさよと仄田(ほのだ)くんが暮らす日常は
少し昔の懐かしい日本だし、
彼らが冒険する「夜の世界」にも
どこか日本的な緩やかさがありました。

曖昧なものは曖昧なまま、謎多きものは謎多きまま、
そういうものだ、それが素敵だ、と受け入れる。
正しいから愛するとは限らないし、嘘だらけでも美しいものは美しい。
いいことも悪いこともごちゃまぜの世界が
私もいいな、と思いながら読みました。

そして、物語の中でさよと仄田くんが直面する問いかけ。
人間のせいで起きた世界の変化、大きな流れに対し、
一人ひとりの私たちに責任は無いのだろうか?
「ある」と答えざるを得ない、
けれど自分はあまりにも無力で何もできない、というもどかしさ。
それでもほんの少しでも何かをすべきなのではないか、
そんな気持ちも単なる偽善なのか…という心の揺れ。
さよと仄田くんが突きつけられた命題に
読んでいるほうも答えがつまる。
共感と、答えの無い問題が心に残る物語でした。

深く心に残るからこそ、
この物語の終わり方は私には少し寂しすぎた。
「それから数年後…」というエンディングは
基本的に好きじゃないかもしれない…。
登場人物たちがどうなったのか、
もう少し想像する余地が欲しいと思ってしまうのです。

「大きな幸福感とかすかな切なさ」と帯にはあったけれど
読み終わった感想は「かすかな幸福感と痛いほどの切なさ」。
さよと仄田くん、彼らが手をつないでいられる時間が
もう少しだけ欲しかった、と思ってしまいました。



『七夜物語』
小学校4年生のさよは、母さんと二人暮らし。
ある日、図書館で出会った
『七夜物語』というふしぎな本にみちびかれ、
同級生の仄田くんと夜の世界へ迷いこんでゆく。
七つの夜をくぐりぬける二人の冒険の行く先は。

参考:「BOOK」データベース

★4つ。

骨董やアンティークではなく、
どこにでもあるような古道具を扱っている中野商店。
『古道具 中野商店』は、どこかにあるような無いような、
不思議に懐かしい気がする古道具屋さんで起こる物語。

最初の一文からするっと『古道具 中野商店』の世界に
入って行った、という感想。
虚構の小説世界というよりも、
現実の延長に中野商店があるかのような感覚。
主人公のヒトミは、恋をしているようなしていないような、
中野商店でのバイト生活にも満足しているようないないような、
はっきりしない、今どきじゃない人。
でも、そのゆらゆら感に共感してしまう。
じれったい恋と世代を超えた友情も、
自分が体験したことがあるかのような感覚に陥りました。

ヒトミや、恋?の相手のタケオをはじめ
登場人物は中野商店にある古道具と同じように、
流行じゃないし主張もしてこないけれど
しっかりと存在感ある人々。
いかにもどこかにいそうな人たち…
と思ったけれど、よくよく考えてみると
みんな一癖あって周りにゴロゴロいるタイプじゃないんです。
どこかにいそう、と思えるのは川上弘美さんの
静かに雄弁な文章によるのかも。
一人ひとりのディテールや、
店の奥に商品の炬燵を置いてお茶を飲む中野商店の
少し怠惰で居心地のいい空気感。
実際にその人に会ったり、
そこでお茶を飲んだことがあるかのような気になってきます。
細かい描写もキラキラとした装飾もないけれど
たくさんのものごとが伝わってくる、
じんわりと噛み締めて、味わって読みたくなる文章。

色々なことが変わってしまったラストは、
一瞬ちょっぴり淋しさを感じました。
でも、ヒトミもタケオもずいぶん変わったようでいて、
それでもヒトミはヒトミでタケオはタケオだ、
と自然にうなずける。
時間が経つって優しいことだ。
傷を癒し、新しい自分と前からいる自分が自然にとけあう。
変わっていくことは自然で嬉しいことだと
素直に受け止められる終わり方でした。

川上弘美さんの本はエッセイ
『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』を先に読んでいました。
小説は初めて読んだけれど、
じわじわと沁み込んでくるような文章と世界観は共通。
不思議な存在感ある文章、また味わいたくなりました。



『古道具 中野商店』
東京近郊の小さな古道具屋で
アルバイトをする「わたし」。
ダメ男感漂う店主・中野さん。
きりっと女っぷりのいい姉マサヨさん。
わたしと恋仲であるようなないような、
むっつり屋のタケオ。
どこかあやしい常連たち…。
不器用でスケール小さく、けれど懐の深い人々と、
なつかしくもチープな品々。
なんともじれったい恋と世代をこえた友情。
なつかしさと幸福感にみちた長篇小説。

参考:「BOOK」データベース/「MARC」データベース

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★4つ。

最近ハマっている日記エッセイ、今度は川上弘美さん。
高山なおみさんの『日々ごはん〈1〉』に引き続き、
yom yom(ヨムヨム) 2009年10月号で見て興味が湧いた
『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』です。

日付は「一月某日」となっていて、1つの月にだいたい4日。
1日分はとても短いし、最初は少し物足りなく感じました。
いかにも“日記”という感じの『日々ごはん』に比べ、
『卵一個ぶんのお祝い。』では川上弘美さんがどんな人なのか
ぼんやりとした輪郭しかつかめないなあ、という感想で。

けれど、読んでいるうちにじわじわと
川上弘美さんの文章が沁みこんでいくような気がしました。
月の4日間が絡み合い、
同じ言葉が効果的に繰り返されたりして
ひと月分が短編小説のよう。
あとがきによると「五分の四はホント」だそうですが、
あまりにうまくまとめられているので
これって本当にホント?と思ってしまう。

駅から2分の待ち合わせ場所に行くために
迷わないよう地図とコンパスを持っていったが
途中で疲れて辿り着けなかったり、
駅弁2つを選びきれず両方買ったものの
どちらから食べるかでまた迷い
結局は食べることができなかったり…
起こる出来事もホント?と思ってしまうような
少しヘンなことが多い。
「からだ半分、ずれている。」と本の帯に書いてあったけれど、
川上弘美さんって、確かにちょっとズレてるかも。

でも多分、人はみんながどこかしらズレている。
ふつうは意識していない、
もしくは意識しすぎる、世間とのズレ。
川上弘美さんの場合、
自分がズレていると感じているのかいないのか。
ズレを冷静に見つめて淡々と書いている、という印象です。
ほのぼのしているようでいながら
時にシュールさや淋しさも感じられます。
門馬則雄さんの力が抜けた絵がピタリと合って、
なんとも個性的でハマってしまう日記です。

できごとを長々と書くのではなく
その日を感じさせるエッセンスをキュッと凝縮、
こんな日記もまた面白い。
川上弘美さんの小説も読んでみたい、と思う日記でした。



『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』
「本書は、本当日記です。
少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです。」
おおむね楽しい、ちょっぴりさみしい。
からだ半分、ずれている。
雑誌『東京人』に連載された
『東京日記』の単行本化。
現在、ウェブ平凡で連載中です。

参考:「BOOK」データベース /
出版社・著者からの内容紹介

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