★3つ。

宮部みゆきさんの時代物。
江戸の世に起こるふしぎ噺が9編。
怖ろしいことが起こるけれど、ほんのり暖かい話もあり
色々な読後感を楽しめます。

女性の嫉妬や思い込みの怖ろしさが
ポイントとなる話が多かったように思います。
人情も同時に描かれた話も多くて
やわらかい印象があるけれど、
何だかねとっとした、張り付いてくるような
怖ろしさがあるな…という感想です。

現代よりも“あやしのもの”が身近なものであった江戸の世。
『あやし』に登場する人々にとって
遭遇する怪異は確かに怖ろしいことなのだけれど、
案外身近なものであるような印象です。
読んでいるとこちらまで、あやしのものが身近に現われても
不思議じゃないように思えてしまう。

何より怖ろしいのは、
“あやしのもの”とは化け物ではなく、人の心である、ということ。
ちょっとした出来心や不注意で
人の嫉妬や恨みを買ってしまうこともある。
なぜこんな目に合わなくてはならないのか、
訳も分からぬまま怖ろしい目に合ってしまった人々の姿に
自分にも同じようなことが起こりうるかも…
と思えてしまって少し背筋がぞっとする。
自分が恨みを買うこともあれば、恨むほうに回ってしまうかも。
誰かの心の狂気に触れてしまった怖さは
暖かさもある分どこか身近なものに思えて、うすら寒さが残ります。

京極夏彦さんの小説にあるような
狂気に走ってしまった人間の痛いほどの哀しみは無いけれど、
ちょっとぞくっと来て、ちょっと切なくなる。
ほっとしたり、また怖くなったり、
様々な形であやしの世界を味わいました。



『あやし』
その話が、どういうふうに終わるのか、
おまえは、ちゃんと聞いたのか?
-どうしたんだよ。震えてるじゃねえか。
悪い夢でも見たのかい…。
月夜の晩の恐い恐い、江戸ふしぎ噺・9編。

参考:出版社/著者からの内容紹介

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★4つ。

高山なおみさんの初めてのエッセイ集、『諸国空想料理店』
まだ“エッセイスト”という肩書きの無い、
レストランKuuKuuのシェフである高山なおみさんが
自由に書いた雑記なんだけど、
本当に面白くて人の心を惹き付ける文章。
エッセイストとして人気が出るのもそりゃ当然だ、という感想。

地球上の様々な国にある様々な料理。
日本で完全に同じものを作ることはできないけれど、
想像を働かせて「**風」料理を作ったり食べたりすることで
その国を旅することができる、それが「諸国空想料理」。
基本的に日々のご飯は
土地に根付いたものが1番美味しいと思うけど、
料理には人の想像力を刺激する楽しさもある、と気づかされました。
綿密なレシピや取り寄せた素材を使わなくてもいいじゃないか、
という力が抜けた姿勢も好ましい。

「諸国空想料理」についての話も楽しいけれど、
日々料理と向き合う中でのエピソードも楽しい。
KuuKuuの女性スタッフの1人は、どんなに忙しくても
まな板の上はいつもスッキリしていて音を立てずに料理する。
その姿はとても綺麗で憧れるけれど、
「調理台の上もまな板の上も頭の中もいつも混乱している。
だから動きも大雑把でムラがある。」
という高山なおみさんに好感と共感を覚えてしまいます。

食事のマナーについてのエピソードも印象的。
和食やコース料理などにきちんとしたマナーがあるのは
美味しく食べるため、でも毎日だと疲れてしまう。

「私の料理を食べる人は、みんな背中を丸め、
口を突き出し、汁をすすり、手づかみでむしゃぶり喰う。
まことに申し訳ないがそれが
“いちばんおいしく食べられるかたち”なのですスイマセン。」
楽しい人と楽しい場所でくつろいで食べる美味しさが
高山なおみさんのエッセイには感じられます。

食に愛情を持っていること、きっちりとし過ぎてないこと、
そのきっちりしてなさを飾らずあっけらかんと書く素朴さ。
高山なおみさんの文章の魅力がすでにいっぱい詰まっています。
シェフとして現役の姿は現在より力強くあるようで、
ゆったりとした今とはちょっとちがった魅力も感じられました。



『諸国空想料理店』
旅先で出会った料理を日本で作れば
一気にその地へ旅できる。
心身の疲れも切ない恋も、
温かい料理がほぐしてくれる。
KuuKuuのオーナーだった南椌椌さんによる
シェフ高山なおみ誕生秘話も収録された
料理人・高山なおみの処女エッセイ集。 

参考:「BOOK」/「MARC」データベース

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★5つ。

『ぶらんこ乗り』に続き、いしいしんじさんの本2冊目。
まだ2冊目だけど、いしいしんじさんの描く物語には
なんて優しさが溢れているんだろう、という感想です。

嘘をつく優しさ。
だまされてあげる優しさ。
自分の哀しみを相手には一切見せず、感じさせず、
ただ相手の心を救うこと、喜びとなることだけを願い
自分の身を削ってまでつく嘘と、
知っていてもその嘘をただやわらかく受け止めること。
ほんとうの優しさって、きっとこういうものだ、と思う。

工場からの煙で星が見えない村のプラネタリウムで
生まれ育ったふたごと、ふたごを育てた泣き男。
『プラネタリウムのふたご』では
彼らや村に起こるできごとがゆっくりと描かれています。

こうなればいい…と願っていた結末にはならず、
切なくて仕方がなかった。
それでも、その切なさも苦さも含め、
この世はなんて優しさに満ちているんだろう。
哀しいできごとに出会ってしまった人々の
ほんとうの優しさに圧倒される。

 「ほんものを見る、ってのもな、むろん大切なことだよ」
 泣き男はつづけた。
 「でも、それ以上に大切なのは、それがほんものの星かどうかより、
 たったいま誰かが自分のとなりにいて、
 自分とおなじものを見て喜んでいると、
 こころから信じられることだ。
 そんな相手が、この世にいてくれるってことだよ」

事実か嘘か、なんてどうでもいいことなのかもしれない。
真実がそこにあるのかどうか。
それに心を打たれるか、
その気持ちを分け合える誰かがいるか。

ふたご、泣き男、老女、テオ一座の人々、猟師たち、村人たち…
切なさも苦さも飲み込んでなお自分の足でまっすぐに立ち、
決して折れない強い優しさに溢れた彼らは、
周囲や悲しいできごとに左右されたり折られたりしない
真の幸せを持っているのではないのかな。

人はみな、目には見えない6本目の指をつなぎあっている…
と本の中で語られているように、自分もまた6本目の指で
優しい人たちとつながっている、と信じられる物語です。



『プラネタリウムのふたご』
だまされる才覚がひとにないと、
この世はかさっかさの世界になってしまう-。
星の見えない村のプラネタリウムで拾われ、
彗星にちなんで名付けられたふたご。
ひとりは手品師に、
ひとりは星の語り部になった。
おのおのの運命に従い彼らが果たした役割とは。

参考:「BOOK」データベース

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