★4つ。

朝倉かすみさんの『夏目家順路』
最初に登場するのは夏目清茂74歳。
ただ、彼を“主人公”と呼んでいいものかどうか…
だって1章の終わりにはめでたく昇天してしまうのだから。

「いつも、だいたい、機嫌がよろしい」
「いよーし、いっちょやってやるかという雰囲気が立ちのぼる」

夏目清茂さん、一緒にお酒を呑んだら楽しいだろうなあと思える人。
でも、極めて個性的なわけではない、
どこにでもいそうな人でもある。
彼も周囲の人々もどこにでもいそうで、でも、
「どこにでもいそう」な人はやっぱり
誰かにとってはただ1人の人なんだよね。

視点が次々と代わっていき、
本人にしか分からない事情や感情が浮き彫りになっていく。
同じ出来事もちがう人から見たら
まったく別の意味合いを持つものになる。
外から見ただけでは分からない人間の事情を見ることができる、
という小説の醍醐味の1つを
『夏目家順路』ではたくさん味わうことができました。

お葬式のバタバタ感や
よく知らない人のお葬式に出る時の少し複雑な感情、
悲しいだけじゃない
「死」に関する雰囲気がとてもリアル。
誰かの死は悲しいもので、それでもやっぱり、
生きているなら受け止めなければならないことで、
過ぎていくことで。
ずっとずっと昔から「死」を受け入れてきた
人間たちのしたたかさにユーモラスな感じすら受ける。
『夏目家順路』、
「死」の描き方が新鮮で、
暗く重くなることなく楽しんで読める、という感想。

舞台は札幌、夏目清茂はすごく自然な北海道弁。
朝倉かすみさんは北海道出身の方なのかな?
と思ったら札幌在住らしく、身近過ぎてちょっと驚いた。
札幌在住というとつい贔屓目で見てしまうので、
知らずに読んで良かったかも。

今度は思い切り贔屓目で見ながら、ススキノが舞台だという
『田村はまだか』を読んでみようと思ってます。



『夏目家順路』
夏目清茂74歳、
本日脳梗塞のためめでたく昇天いたしました。
「どこにでもいるただひとり」の男の一生を、
一代記とは異なる形で描いた長編小説。

参考:「BOOK」データベース


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★3つ。

同じように「おばあちゃんと孫」を描いたものでも、
心に響くもの、まったくそうでないものがあるのはどうしてだろう。
おばあちゃんと孫の心が伝わってくるかどうか、
そのおばあちゃんと孫が好きかどうか、が
自分にとってのポイントなんだろうな、とぼんやり思いました。

梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』
号泣ではないけどじわっと来たのは
「西の魔女」ことおばあちゃんがわりと好きだったからだと思う。
自ら「オールドスタイル」という、
おばあちゃんの自然とともに生きる暮らしに憧れを感じます。
その独特な生き方論も、私には納得いくし、好きなもの。
自分もおばあちゃんに習って
「魔女修行」をしたいなあと少し思いました。
外からの刺激に(滅多に)動揺しない
自信に溢れた生き方…私には少し足りないもの。
このおばあちゃんの暮らし、いいなあ、と思ったから
ラストでじわっと来たのだろう。

その一方、おばあちゃんも主人公である孫のまいも
理路整然としていて少し現実味が足りないように感じた。
おばあちゃんはまだ「魔女」だから、と納得することができたけど
まいはあまりに筋が通り過ぎている、というか。
中学生の彼女が抱える人間関係や「死」についての悩みは
まったく分からないというわけではないけれど、
言葉遣いや考え方が中学生にしては不自然にきれいで。
意志が弱い、って彼女は自分で言ってるけど
実は相当強いし、繊細できちんとした子。
自分が中学生の時にこういう子が同級生だったら、
ちょっと近寄りがたいかも、という感想。

登場するおばあちゃんと孫、
両方とも好きなら号泣、そうじゃなければ…という感じ。
おばあちゃんは少し好きで、
孫のまいにはそれほど感情移入できなくて、
だからじんわり止まりだったのだと思う。
おばあちゃんがまいを思う暖かい心と、
まいが後悔しつつおばあちゃんがやっぱり大好きだ、
と思う気持ちには泣けたけれど。

私が号泣する「おばあちゃんと孫」話は、のび太のおばあちゃんの話。
のび太も、のび太のおばあちゃんも、大大大好きだー。



『西の魔女が死んだ』
中学に進んでまもなく
学校へ足が向かなくなった少女まいは、
ひと月あまりを西の魔女こと
ママのママのもとで過ごした。
大好きなおばあちゃんから
魔女の手ほどきを受けるまい。
修行の肝心かなめは
何でも自分で決める、ということだった。
喜びも希望も、もちろん幸せも…。

参考:「BOOK」データベース