★4つ。

アンソロジーの一遍として読んだ西加奈子さん、単独で読むのは初めて。

夜の繁華街で生きる人々の物語である「地下の鳩」と「タイムカプセル」、
少しつながっている2つの短編から成る『地下の鳩 』
初めて読んだ『東と西1』の「猿に会う」とはちがい、
ギリギリで生きる人間の姿が少し毒々しく描かれている、という感想。
きれいな表現じゃなくてちょっと気後れするけれど、
「みっともなくても 情けなくても 後ろ暗くても たくましく愛おしい」
という帯の言葉そのままに、
たとえ汚くても生きていく人間の力が感じられる。

吉田、みさを、そしてミミィ。
彼らに共通しているのは
平凡に幸せな道をどうしても歩めない、ということ。
落ちていくのが分かっていながらも
そうでなければ生きられない、満足できない。
そんな切なさと、ギリギリだからこその生命の輝き、
「凡人には分かるまい」というプライドと喜びを持っているだろう彼ら。
彼らを見ていると
どうしてそんなに自ら不幸になるような生き方しか選べないのだろう、と
もどかしい気持ちを感じながらも、同時にその暗い迫力に圧倒される。

彼らほどではないけれど、
自分自身もっと楽な道があるだろう、と思うことがある。
でも進めない。
その道を進んで「これで幸せなはず」と
暗示を自分に掛け続けることができない。
自分などよりずっとギリギリの、破滅寸前の道を行く彼らに、
暗い輝きと迫力を感じて、その暗さが眩しくすら思う。

ミミィの「自分に正直に嘘をついてきた」という言葉。
本当の自分そのままでは生きられなかったのだとしたら
嘘をついて平凡に暮らす道もあっただろう。
だけど、彼女は自分の1番大切なものを守るために
嘘を突き通し、暗く輝き続ける道を選んだのだ。

どうしても暗い道しか進めない彼らに、
自分に正直にあるために嘘をつき続けなければならない彼らに、
平凡ではない形だとしても、少しでも幸あれ。




『地下の鳩 』
大阪最大の繁華街、
ミナミのキャバレーで働く「吉田」と
素人臭さの残るスナックのチーママ「みさを」。
恋か何かもよく分からないまま
何かを共有する2人(「地下の鳩」)。

ミナミの名物、
みなに慕われるオカマバーのママ、「ミミィ」。
誰も知らないその心の傷、
ある夜ミミィが客に殴り掛かった理由
(「タイムカプセル」)。

賑やかな大阪を描いて人気の著者が
街の「夜の顔」に挑んだ異色作。

参考:「BOOK」データベース