★3つ。

『嗤う伊右衛門』(わらういえもん)に続き、
古典怪談に材を取ったシリーズ第2弾。

『覘き小平次』のオリジナルは
山東京伝の『復讐奇談安積沼』(ふくしゅうきだんあさかのぬま)…
だそうですが、『復讐奇談安積沼』をまったく知らず
完全に京極夏彦さんのオリジナルとして読みました。

感想としては、暗い、とにかく暗い。
『嗤う伊右衛門』では痛いほどの哀しみと美しさを感じたけれど、
『覘き小平次』読了後に残ったのは、
そこにいるだけの存在に対する薄ら寒い恐怖と嫌悪感。

複雑に絡み合った登場人物どうしのつながり、
巷説百物語シリーズでおなじみの事触れ治平の登場など、
いつもながら京極夏彦さんの世界は緻密…なんだけど、
何より小平次の気味悪さが印象深い。

なぜ、“ただいるだけ”の小平次に
恐怖と嫌悪感を感じるのだろう。

事触れ治平の言葉、
「所詮人なんか誰でもねェわさ。
俺が俺がと固執する程、確乎り(しっかり)した中味なんざァ、
誰も持っちゃねェんだよゥ」

しっかりした中味なんか持っていない、
薄々それに気づいていてもなお
“自分”があるふりをしなくては生きられない。
なのに、小平次は自分を捨て切って幽霊のように生きている。
その姿は「しっかりした中味がお前にはあるのか?」と
見る者に問いかけているようで、
そんなこと考えたくないから、考えたら生きていけないから、
だからそんなことを考えさせる小平次に嫌悪感を感じるのかも。

小平次に恐怖と嫌悪感を感じるのは、その姿に鏡のように
自分を映してしまった人なのかもしれない。
『嗤う伊右衛門』ほどのインパクトは無かったな…と思ったけれど、
自分自身の見たくない部分をまざまざと見せつけられる、
ある意味で本当に怖ろしい話かもしれません。



『覘き小平次』
死んだように生きる幽霊役者。
生き乍ら死を望む女。
小平次とお塚は押入襖の隙間からの目筋と
この上ない嫌悪とで繋がり続ける―
死霊が主役の怪談劇が、
生者が主役の愛憎劇へ。
山東京伝の名作怪談を現代に甦らせた
山本周五郎賞受賞作。

参考:出版社・著者からの内容紹介 / Amazon


↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
素晴らしい すごい とても良い 良い
関連記事
≪古道具 中野商店  | 覘き小平次(のぞきこへいじ) | ヴァン・ショーをあなたに≫
コメント
覘き小平次(のぞきこへいじ)

本の感想・レビュー記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
覘き小平次(のぞきこへいじ)

本の感想・レビュー記事へのトラックバックURL