★5つ。

いしいしんじさんの物語には、いつだって優しさがあふれている。
その優しさは、大切なものを失う悲しみや、
それでも立ち上がり歩いていくたくましさ、
自分が自分であることの苦しみ、喜び、
そういったものがすべて詰まった、ほんとうの優しさだと思う。

『麦ふみクーツェ』の語り手は
「ねこ」と呼ばれる少年。
自分を「変てこ」だと感じ続けている「ねこ」には、
彼にだけ見える存在、クーツェがいた。
とん、たたん、とん、と不思議なリズムで大地をゆっくり踏んでいくクーツェ。

具体的なことは何ひとつ語らず
ただ自分のリズムで麦ふみを続けるクーツェは、
上手く周囲のリズムに乗れないねこに、
そして読者に、許しを与えてくれている。
変てこでもいいのだ、そのままで生きていていいのだ。
自分のリズムを守って、自分の音を奏でることが大切なのだ、と。

「ねこ」の周囲の人々は、みなどこか変てこ。
彼らが自分だけのリズムで歩く姿は
あまりにも真面目で、真面目すぎて、時に滑稽にすら見える。
その生き方は時に辛いけど、
みんなが違うリズムで歩んでいて、
一人ひとり違う音を出していて、それは素敵なことなのだ。
みんなが違う音を出しているからこそ、合奏は楽しく、美しくなるのだ。

 「合奏は楽しい」
 …なにかにつながっていること、
 それをたしかめたい、信じたいがために、
 音楽家はこれまで、そしてこれからも、
 楽器を鳴らしつづけるのかもしれない。
 (P459)

一人ひとりがちがうからこそ、一人ひとりが孤独だからこそ、
つながることが大切で、美しくて。
いしいしんじさんの物語には、そんな真実が優しく、そっと語られている。

自分は変てこなのではないか、みんなと足並みが揃ってないのではないか。
もしかして、みんながそんな風に感じているのかもしれない。
自分から見たら足並みが揃っているように見える、周囲の人々、
その人たちも一人ひとり、
自分は変てこだ、リズムが揃わない、と思っているのでは。

とん、たたん、とん。
滑稽でも、笑われても、自分のリズムを刻むこと。
人生における喜びも、悲しみも、喪失感も、すべてを抱えて、
ひたすらに自分の歩くべき道を歩くべきリズムで歩くこと。
『麦ふみクーツェ』には、生きるうえでの大切なこと、
生きづらく感じる人にとって1つの救い、指標となることが
描かれている気がします。

クーツェのように、ねこのように、
自分のリズムで歩いてみようか、と思える。
真面目に、滑稽なほど真面目に、
とん、たたん、とん、と。




『麦ふみクーツェ』
ある真夏の夜、ひとりぼっちで目覚めたぼくは、
とん、たたん、とん、という不思議な音を聞く。
麦ふみクーツェの、足音だった。
―音楽家をめざす少年の身にふりかかる
人生のでたらめな悲喜劇。
悲しみのなか鳴り響く、圧倒的祝福の音楽。
坪田譲治文学賞受賞の傑作長篇。

参考:「BOOK」データベース

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