★4つ。

長い時をともに過ごしてきた和歌と仙太郎。
それぞれの仕事へのスタンスがちがってくると同時に
2人の生活と感情にもすれちがいが起こってしまった。

角田光代さんの『私のなかの彼女』
女性である和歌の立場で書かれた物語だから、
読了後すぐは和歌の気持ちで、仙太郎はひどい男、という感想だった。
あり得ない誤解をし、傷つく言葉を投げ、あっさりと去って行った男だ、と。
けれど、和歌は悪くない!とも言い切れない、もやもやとした気持ちが残って。
仙太郎の立場でこの物語を見てみたら、ちがう景色が見えた気がした。

遊びや人間付き合い、仕事、何かと和歌を導いてきた仙太郎。
彼と同じように「書く」ことを仕事とし
有名になっていく和歌に仙太郎は嫉妬し、
その仕事を妨げようとした…と最初は思った。

けれど、それだけではないのだろう。
嫉妬も戸惑いもあっただろう。
それでも、和歌の受賞を喜び、
会社を辞めたといきなり聞いても冷静に受け止めていた仙太郎は
変わっていく和歌と共に生きようとしていたのではないか。
でも、仕事より先に暮らしや家族を大切にしたかった仙太郎にとって、
不器用に仕事のことしか考えられなくなってしまう和歌は
理解の範疇を超えてしまった。
自分にとっての大切なものを和歌がないがしろにしているのを見て、
先にどうしようもないほど傷ついたのは仙太郎だったのではないか。

仙太郎の別れ方は冷たいと思ったけれど、
きっとそうでなければ別れられなかった。
和歌には自分なんかいらないのだ、
という結論に達したがゆえの、あの別れ方ではなかったか。
どうせ自分のことなんかいらないくせに何をいまさら…という、
愛していたがゆえの腹立ち。
ひどい誤解も、仙太郎にとっては事実で、
和歌がいくら違うと言ってもそれは覆りようがない。

同様のことが、和歌の母親にも言える。
娘になんてひどいことを言うのだろう、と思ったけれど、
最も否定してきた生き方をしている娘に
自分の人生そのものを否定された気になって傷ついたのではないか。
病気もあって、冷静ではいられずに和歌にひどいことを言ってしまった。

きっと誰1人悪いわけじゃない。
ただ、すれちがってしまった。行き違ってしまった。生き方が重ならなかった。
そしてそのことは、お互いをひどく傷つけ合ってしまった。

別れた後に2人が出会うシーン、
和歌に放ったひどい言葉を仙太郎は忘れている、と和歌は思ったけれど、
仙太郎は、和歌が自分より仕事を選んだことを忘れている、と思っただろう。

結婚して家庭を築く幸せを選んだ仙太郎と、
ぞっとするほどの孤独に憧れ、その孤独を自分の中に見る和歌と。
仙太郎も和歌も、どちらもわたしの中にもいる。
ちがう形でも幸せになって、そしていつか、
お互いをそっと遠くから許し合える日が来ればいい、と思う。
 




『私のなかの彼女』

男と張り合おうとするな。みごとに潰されるから。
祖母の残した言葉の意味は何だったのだろう。
全力を注げる仕事を見つけて、
ようやく彼に近づけたのに、
和歌と仙太郎の関係は、
いつかどこかでねじ曲がった。

参考:「BOOK」データベース

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コメント
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本の感想・レビュー記事へのコメント
数日前にこの本を読み終えて、なんとも言えない気持ちになりながら色々な人のレビューを読みました。しかしどのレビューにおいても仙太郎をことごとく貶すようなものが多く、私はどこか共感しきれずにいました。その時見つけたこのレビュー。雷が落ちたかのような衝撃で、私の心をこんなにも丸々と代弁してくれている!と感じました。おっしゃる通りだと思います。同じような感情でこの本を読んだ方が居るとしれてよかった。ありがとうございます。
2017/03/09(Thu) 00:21 | URL  | Ai #-[ 編集]
>Aiさん
うれしいご感想をありがとうございますっ!
私も同じように読後なんとも言えない気持ちになって
レビューを色々読みました。
色んな感想を見てから自分のもやもやを書いてみたら
長いレビューになってしまいました(;^_^A
同じ本を読んでも感想は人それぞれで
そこが面白くもありますが、
共感してくれた方がいると分かりこちらこそうれしいです!
2017/03/10(Fri) 14:49 | URL  | Run #-[ 編集]
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