★4つ。

西加奈子さんの『さくら』、色々な感想を読んでみると
好き嫌いがずいぶんはっきりと分かれる物語のよう。
優しくて暖かくて好き、という意見と、むしろ不快、という意見。

自分は一読して暖かい気持ちになったので
不快という意見を初めは意外に思った。
でも、否定意見に納得できるところもある。
登場人物の性格が極端でリアリティに欠ける、
出来事があまりに悲惨すぎる、など。
確かに…と思いつつも、私自身は『さくら』になぜか惹かれる。

極端で激しい性格の登場人物たちは、なかなか現実にはいないだろう。
ただ、自分や誰かの持っている特質を
思い切り強調すると彼らのようになる気がする。
彼らの性格は、よく知っている誰かのとある部分に少し似ている。
彼らが喜び苦しむ姿は、その誰かの姿に重なる。
ある意味リアリティに欠ける人物の喜び悲しみが
なぜかとても強烈な現実味を持つ。

彼らを襲う大きな不幸。
私は本当は、登場人物があまりにも不幸になってしまう物語は
基本的には好きではない…というか、疑ってかかってしまう。
ただただ読者を泣かせるためだけに
悲惨さを強調したのではないか?と。

『さくら』の登場人物を襲う不幸は、相当痛い。
幸せだった頃の家族の姿が、とても優しいものだったからよけいに。
1人がこらえ切れずに口走る「なんで、こんなひどい」…
確かに思う、こんなにひどい目に合わせなくてもいいじゃないか、と。
そんなにひどい目に会わせる「何か」を、作者を、
きらいになっても不思議じゃない。

けれど、きらいになれない。
不幸はあまりに大きくて、けれど、
そこから再生しよう、立ち直ろうとする強さと、
それを見守る大きな「何か」と作者の底なしの優しさが感じられるから。

登場人物に「打てないボールばかり投げる」と文句を言われている、何か。
本当は、どんなボールでも受け取ってくれている、何か。
大きな「何か」は本当は、彼ら家族を優しい目でただ見つめている。
その目は、家族をつなぐ犬のサクラの無邪気な目にそのまま重なる。
サクラの、「何か」の、無邪気な底なしの優しさが、物語全体を流れている。

その底なしの優しさが、私は好きだ。
不幸は、現実の世界にあるから。
この物語以上の不幸が現実にあると知っているから。
だから、せめて小説の世界ではそこまでの不幸を見たくない、という思いと
そんな不幸を優しさで越えていこうとする人々の
強さを見ることができてうれしい、という思いと。

『さくら』、不幸と優しさと両方があって、狭間にあって。
嫌いな「泣かせるためのただただ悲惨な物語」と
一瞬思えてしまうほどの痛々しさなのだけど、
その不幸を越えようとする登場人物たちを見つめる目が
あまりにも優しくて、惹かれるのだ。




『さくら』
ヒーローだった兄ちゃんは、20歳4か月で死んだ。
超美形の妹は内に篭もり、
母は肥満化し酒に溺れ、僕も実家を離れた。
あとは、12歳の老犬「サクラ」だけ。
そんな一家の灯火が消えてしまいそうな、
ある年の暮れのこと。
「年末、家に帰ります。おとうさん」。
家出した父からの手紙は、
スーパーのチラシの裏に書かれていた―。

参考:「BOOK」データベース
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