笹の舟で海をわたる角田光代

★4つ。

主人公の左織と、
不思議な縁からその義理の妹となった風美子。
2人は戦中に生まれて疎開を経験し、
その後の日本の移り変わりを体験してきた女性たち。

今の時代から見ると左織は考え方が古臭く、
周囲に流されてきた女性、という印象だ。
対して風美子は力強く、欲しいと思ったものを勝ち取っていく女性。
現在の女性からすると手本とすべきは風美子であり、
左織はひと昔前の女性…
という単純な図式だけで表せるものだろうか、となんとなく思う。

『笹の舟で海をわたる』。
ラストシーンで、左織の思い出の中、
風美子と思われる少女と幼い左織が
笹の舟を川に流す光景がよみがえる。

 「海までいくかな。遠いお国にいくかな。ささやくように言葉を交わした。
  あんなに頼りないんだもの、海までは無理だろうと幼い左織は思いながら、
  どこへもいけない自分を乗せたようなあの舟が、
  海をぐんぐん進むところを思い描いていた。」

人はみな結局、笹の舟で海を渡っているようなものではないか。
力強い風美子、
彼女は辛い体験をバネに
自分の手で舟を漕ごうと決意し、努力し、たくさんのものを手に入れてきた。

けれど、左織の2人の子供のうちどちらかをちょうだい、
なんて冗談めかして言うその裏に、
風美子の淋しさ、孤独を感じる。

人に少しでも軽んじられたように感じると
むきになってしまう風美子。
自分の乗っているものが笹の舟だと
風美子は十分すぎるほど知っていて、
だから外からの揺さぶりを受け流せないのではないか、という気がする。

帆を張り、櫂を持ち、それでも乗っているものは笹の舟。

一方で左織は、櫂を持とうなんて思ったことすらないように思える。
けれど、波に揺られて抗わず、
それでも決して舟から落ちない、
左織には左織の強さがあるのではないか。
だからこそ、最後に周囲に反対されても、
自分の終の棲家を決めることができたのではないか。

左織と風美子。
真逆の生き方をしているように見える2人。
左織の穏やかに生きたい気持ち、
でも風美子が近くにいて、
自分はどこか間違っているのかとふと不安になる気持ち、
分かる気がする。

けれど、どちらかが間違っているわけでも、
どちらがいい、わるい、というわけでもない。
ただ、そういう巡りあわせだというだけ。
波に抗わない強さ、
自分とはまったくちがう強さを持つ左織に
すがっていたのは風美子かもしれない。

 「この人にも私は必要なのだと左織は気づく。
  姉としてではない、あのちいさな女の子を忘れないために。
  おなかを空かせたままでいるために。」

左織と風美子だけではなく、他の登場人物も皆、
自分なりのやり方で海を渡ろうとしている。
きっとそれが人間というもので、
小説の中だけの話ではないのだろう。
  
時に櫂を持ち、時に波に身をまかせる。

左織と風美子を合わせたようなそんな生き方ができれば理想だろう。
そして、様々な人の
様々な生き方を理解できる人間になりたい。
様々な舟の漕ぎ方を尊重できる人でありたい。

難しいことだけれど、それが私の理想の笹の舟の漕ぎ方だ、と思った。




『笹の舟で海をわたる』

朝鮮特需に国内が沸く日々、
左織は風美子に出会った。
疎開先で出会っていたと話す彼女を、
しかし左織はまるで思い出せない。
その後、2人は不思議な縁から義理の姉妹となり、
風美子は人気料理研究家として
高度成長期の寵児となっていく。
平凡を望んだある主婦の半生に
戦後日本を映す長篇。

参考:「BOOK」データベース

 
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